私が見た“殺処分”の現場 -児玉小枝

1997年の春、当時勤めていた会社の近くの線路脇で、水色のゴミ袋に入れられ「犬(死)」と貼り紙された白い犬の遺体を見つけ、その子の亡骸を近くの河川敷に埋葬しました。その時、「家族の一員であるはずの犬の命をゴミ同様に捨ててしまう人がいる。これが日本の現実なんだ」と強く感じるとともに、「写真や文章を通じて、言葉を持たない彼らのメッセージを伝えたい」と考え始めました。そして、その年の夏、関西のとある動物収容施設を訪れ、飼い主に捨てられ殺処分される運命にある犬猫たちの最期の肖像を写真に収め、翌年の春から、「どうぶつたちへのレクイエム」と題して全国で巡回展示を始めました。

それから6年の間に、各地で写真展や講演会を開いていただけるようになりました。そんな中で、幾度か地元の動物収容施設を取材させていただきました。今回は、その取材の中で強く印象に残っている出来事について、お話しさせていただきたいと思います。

中国地方のとある保健所を取材した時のことです。そこでは月に数度、「不用になった子猫の引き取り日」が決められており、引き取りを希望する市民が、所定の時間内に、保健所まで猫を連れてくることになっていました。引き取り開始の朝10時、1人また1人と、段ボール箱を抱えた人たちが入ってきます。箱の中には大抵、子猫が4〜5匹。持ち込む人たちの顔ぶれは様々です。10代の若い女性、主婦、サラリーマン風の人、学校の先生、警察官……。「飼い猫が子猫を産んだから」「野良猫が自分の家の庭で出産したから」「学校の前に子猫が捨てられていたから」。……皆それぞれの理由を告げ、書類にサインをして猫の入った箱を置き、平然と立ち去っていきます。

引き取られた猫は、職員によって、即座に麻袋の中に放り込まれていきます。 「その子猫、どうしたんですか?」。ある主婦に聞いてみました。「うちの猫が産んだけど飼えないし、もらってくれる人もいないから」とその女性。「親猫に不妊手術を受けさせた方がいいんじゃないですか?」との問いに「でも、手術するのかわいそうだし……」との答え。「でも、この子猫たちは、これからガス室の中で苦しみながら死んで行くんですよ。それはかわいそうじゃないんですか?」。なんとか思い直してほしいと必死で語りかけてみましたが、「そう言われても…」と言葉を濁し、主婦は足早に去っていきました。最後にふともらした「手術はお金がかかるし…」の言葉。どうやらそれが本音のようでした。その日だけで、約60匹の子猫が持ち込まれました。

同じ保健所に、犬が持ち込まれました。荷台に2個の犬小屋が積まれた軽トラックが、保健所の駐車場に到着しました。軽トラを運転していたのは保健所の職員。飼い主の依頼で、家まで犬を引き取りに行ったようです。助手席には飼い主らしき初老の男性が。荷台の小屋の1つに、2頭の白い犬が入っていました。犬たちは職員によってリードで引きずり降ろされました。尻尾は垂れて後ろ足の間に挟み込まれています。耳をふせ足をすくませ、ブルブル震えながら収容棟へと引っ張られて行き、檻に入れられた途端、切ない声で激しく鳴き始めました。その一部始終を見聞きしていたその男性はというと、顔色一つ変えず、平然と書類にサインをしています。書類には犬の名前を書く欄があります。その欄が空白になっていたので、私は「犬の名前は何ですか?」とたずねました。すると「ない」と一言。聞けば1頭は3年、もう1頭は6年も飼っていたといいます。不用になった理由としては、「自分が腰が悪くなって散歩が大変だから」。「他に散歩して下さるご家族はおられないんですか?」とたずねると、「いや、女房がいるけど…」と曖昧な返事。その後、処分の方法を伝え、里親探しはできないのかと説得を試みたものの彼の心は全く動かず、「手続きが終わったんだから、もう帰ってもいいだろう」と言わんばかりに家路につきました。

東海地方のある施設を訪れた時のこと。中年の女性が、キャリーバックに入ったポメラニアンを持ち込みました。バッグの上には、きれいなスカーフが巻かれていました。犬は10歳を越えた老犬でした。収容棟の檻の一角に置かれたその子は、バッグの中でガタガタ震えながら怯えた瞳でこちらを見上げています。職員の人に事情を聞くと、「老犬の最期を看取るのがいやなんでしょう。そういう人は多いですよ。悲しい思いをしたくないとか、病気になってお金と手間がかかるとかいう理由で、処分してくれと連れて来るんです」。その施設での処分方法も、他の多くの施設がそうであるように、二酸化炭素ガスによる窒息死でした。そこで処分を担当している職員の方が、私の写真展に来て下さいました。そして、日頃の思いについて語って下さいました。「国からの通達では、ガスでの処分を安楽死と認めているんです。でも、自分が見ている限り、そうは思えない。ガスを注入し始めると、中でバタンバタン暴れたりもがいたりしている様子があるし、叫び声も聞こえます。でも自分が入ったわけではないので本当に苦しいのかどうか証明できない。もしも安楽でないという根拠や証拠があれば、もちろん安楽な方法に切り替えていきたい気持ちはある。でも、このガス殺システムには莫大な経費がかかっているので、よほどの理由がない限り、他の方法への移行は難しいかもしれないですね……」そう心の葛藤を話してくれました。

ある東北地方の里親ボランティアさんから聞いた話です。その方の知り合いに、動物の大好きな男性がいました。その方は元は、市役所勤務の公務員でした。ある年、その人に、犬猫を引き取り処分する、動物管理センターへの異動が命じられます。そこで働き始めてしばらくして、その男性はノイローゼになり、入院生活を送ることになりました。そして社会復帰できないまま、ついには奥さんとも離婚してしまったそうです。

中国地方のとある保健所の所長さんが、こんな話しをしてくれました。所長さんは現在50代。「僕は若い頃から動物行政に携わってきました。20代の頃は主に、現場に出て野犬を捕獲する仕事をしていました。それを見た人からは「犬殺し!」と石を投げられ、家族にさえ、自分のしている仕事の内容を隠していました。でも、これからの動物行政をしょって立つ僕の後輩たちには、そんな思いをさせたくない。自分の仕事に誇りを持って働ける職場を残して、ここを去りたいと思っているんです。だからこそ、収容された動物たちの里親探しにも力を入れていきたい。そうすれば職員も家族に、『お父さんは、動物たちの命を助ける仕事をしているんだよ』と胸を張って言える。殺す仕事から、救う仕事に、変えていきたいんです」 そんな風に語ってくれましたが、現実はなかなか厳しく、収容する場所や予算の問題に、頭を悩ませておられるようでした。

東北のある施設では、地元の民間動物愛護団体と連携して、収容された成犬の里親探しに積極的に取り組んでいました。私が訪問した日も、1頭の成犬が譲渡されていきました。その施設では、飼い主によって犬が持ち込まれた時点で、「雑種・5歳・中型犬」…など、その犬の特徴が記されたFAXを、愛護団体の元へ届けます。愛護団体の方では、「里親希望者リスト」を作成しており、条件に合う里親がいれば、即座に仲介します。里親募集の方法としては、インターネット(ホームページ)とポスターと情報誌への掲載。ポスターには、里親を募集している子たちの写真が掲載され、県内数百カ所の所定の場所に貼られ、月に一度のペースで最新情報と張り替えられます。スーパーの掲示板、動物病院の壁など、様々な場所に貼られているため、「いつも見ていて、気に入った子が出たら里親になろうと思っていたんです」と電話してきてくれる人もいるというから、この里親システム、地域にもずいぶん浸透しているようです。また、すぐに里親が見つからない場合は、預かりボランティアさんの家庭で、里親が現れるのを待ちます。町には協力獣医がいて、特別価格で治療や不妊手術をしてくれます。

また、この施設では、子犬の持ち込みがほとんどないというので驚きました。所長さんに聞くと、「ここ何年にもわたって、不妊去勢手術の重要性を啓発したことと、戸外での放し飼いをやめるように指導を徹底したことが功を奏したようです。以前は放し飼いになっている犬が、よその犬とかかって子犬ができるケースが多かったのですが、それが減ったんです。子犬が持ち込まれれば、まずは子犬の里親を探すことになるし、里親希望者の方も、みな最初は『子犬がいい』と言う。でも、子犬がいないとなると、『それなら成犬でも…』となるんです。だからこそ、今のような成犬の譲渡が可能になったんですよ」。

その施設での処分は、ガス室ではなく、麻酔注射によって行われています。しかし、動物病院で行われるような静脈への麻酔投与ではなく、筋肉への麻酔注射ですので、ガス室と同じく痙攣やもがきなどの症状が出る場合があるといいます。動物病院レベルの安楽死をするのは人手とコストの問題で難しいとのことでした。そしてその所長さんは、こう言っておられました。「信頼している飼い主の腕の中に抱かれ、安らかな気持ちで静脈へ麻酔を注入していく……その方法以外は、「安楽死」と呼ばないでほしい」と。 

全国には、ただ持ち込まれた動物を処分することのみに終始している施設がある一方で、動物の命を救うための前向きな取り組みをしている施設があります。不妊去勢手術の徹底、犬のしつけに対する正しい知識の広がり、里親制度の積極的導入、処分方法の改善(人手と予算を増やし、より安楽な方法に移行する)など様々な課題が具現化され、命を「捨てない、殺さない市民」と「救うための施設」が増えることを願ってやみません。